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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和36年(う)71号 判決

判  決

本籍

鹿児島県川内市天辰町七一九番地

住居

不定

無職

井上正三

大正四年一月一七日生

事件名

横領、詐欺、有価証券偽造同行使詐欺

原判決

昭和三六年四月一一日鹿児島地方裁判所川内支部言渡

控訴申立人

被告人

出席検察官

中村正成

主文

原判決を破棄する。

本件を鹿児島地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は被告人と弁護人池田武雄のそれぞれ提出した控訴趣意書記載のとおりであるから、これをここに引用するが、当裁判所の判断は次のとおりである。

被告人の論旨第一点について。

所論は要するに、原審が被告人に対し、昭和三六年四月一一日判決を宣告するにあたり、公開法廷でこれを行わなかつたので、審判の公開に関する規定に背反し違法である、というにある。よつて考察するに、審判の公開に関する規定に違反したことを理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書にその事由があることの充分な証明をすることができる旨の検察官又は弁護人の保証書を添付しなければならないことは法の明定するところであるが、被告人は鹿児島地方裁判所川内支部裁判所書記官補吉留克明が被告人に対し、昭和三六年四月一一日附を以つて、本件につき言渡された判決主文の内容を通知した通知書なる書面及び同年五月二二日福岡高等裁判所宮崎支部が裁判の疑義の解釈申立抗告事件(当庁昭和三六年(く)第五号)につきなした決定謄本を添附しているに過ぎない。しかし該書面が刑事訴訟法第三七七条の要求する保証書に該らないことは明らかであるから、本論旨は前提において不適法として採用することができない。

被告人の論旨第二点について。

所論は要するに、原判決は理由を附せず又は理由にくいちがいがある、というにある。よつて考察するに、ここにいう判決に理由を附せずとは刑事訴訟法第四四条第一項第三三五条第一項によつて要求される判決の理由を全然附さないか又は一部分だけこれを欠く場合をいい、理由にくいちがいがあるとは主文と理由との間又は理由の内部にくいちがいがあることをいうのであつて、このことを理由として控訴の申立をした場合には控訴趣意書に訴訟記録及び原裁判所において取調べた証拠に現われている事実で、その事由があることを信ずるに足りるものを援用しなければならないのである(同法第三七八条)。ところが被告人の控訴趣意書は所定の方式に違反し、なんら援用したと目すべきものがないので、原判決に如何なる理由不備又は理由そこが存するというのか、これを明らかにすることができないから、本論旨も亦、前提において不適法として採用し難い。もつとも被告人は前顕通知書に全然理由の記載を欠如しているので、これに該ると主張しているとも解せられるから、一言触れることにする。刑事訴訟規則第二二二条によると、五千円以下の罰金又は科料にあたる事件について被告人の不出頭のまま判決の宣告をした場合には、直ちにその旨及び判決主文を被告人に通知しなければならない、但し代理人又は弁護人が判決の宣告をした公判期日に出頭した場合は、この限りでない、と規定している。ところが本件は横領、詐欺、有価証券偽造同行使詐欺事件で刑事訴訟法第二八六条に該り、特に同法第二八六条の二の適用があるとして被告人不出頭のまま公判期日を開き判決を宣告したのであるが、法はかかる場合に処し、刑事訴訟規則第二二二条のような規定を設けていないから、裁判所が被告人に対し、判決主文を通知する義務がないことは明らかである。しかるに原審書記官は被告人に上訴権行使の機会を与える等被告人の利益保護のため、好意的に同規則に準じ判決主文を通知したに過ぎない。しかして該通知書が判決書でないことは贅言を俟たないので、これに理由の記載が欠如しているからといって、判決に理由を附しないとして論難するのは該らざること甚しいといわねばならない。

被告人の論旨第三点について。

所論は要するに、被告人は昭和三六年一月三一日原審第五回公判期日において裁判官大迫藤造に対し忌避を申立てたところ、同裁判官は本件忌避申立は訴訟を遅延させる目的のみでなされたことが明らかとして直ちにこれを却下したので、同年二月三日これに対し福岡高等裁判所宮崎支部に即時抗告したのである。ところが原審は同年四月四日公判期日を指定し、同年四月一一日被告人に対し判決を宣告したのであるが、即時抗告には執行停止の効力があるから、未だ福岡高等裁判所宮崎支部において即時抗告に対する決定がなされない裡に、かかる挙に出たことは違法である、というにある。しかし刑事訴訟法第二四条によれば訴訟を遅延せしめる目的のみを以つてなしたことが明白なる忌避申立(かかる忌避申立であることは本件記録により是認できる)は決定を以つてこれを却下し、その場合には訴訟手続を停止すべきものでないことは同規則第一一条に徴し明らかである。したがって又刑事訴訟法第四二五条は同法第二四条による却下決定には適用されないものと解するを相当とする(昭和六年五月一四日大審院判決、昭和三一年三月三〇日最高裁判所判決参照)から、原審が本件につき昭和三六年四月四日公判期日を指定して同年四月一一日被告人に対し判決を宣告せんとしたことには何等違法と目すべきものがない。論旨はこの限りにおいて理由がない。

被告人の論旨第四点について。

所論は要するに、本件は被告人が公判期日に出頭しなければ開廷できない事件であるにも拘らず、原審が被告人不出頭のまま判決を宣告したのは違法である、というにある。そもそも公判廷を開くには被告人の出頭を必要とし、公判期日に被告人が出頭しなければ軽微事件その他の法の認める一定の場合を除き、開廷することができないことは刑事訴訟法第二八六条の明定するところである。しかしてかかる規定を設けた所以は一途に被告人の権利保護を図らんがためである。ところがこれが審理引延又は審理妨害に往々悪用されるので、これが対策として、被告人が出頭しなければ開廷することができない場合において、勾留されている被告人が公判期日に召喚を受け、正当な理由がなく出頭を拒否し、監獄官吏による引致を著しく困難にしたときは、裁判所は被告人が出頭しないでその期日の公判手続を行うことができるとして、所謂被告人出頭の原則の例外を設けるにいたつたものである(刑事訴訟法第二八六条の二)。すなわち、(一)被告人が勾留されている場合に限ること、(二)適式な召喚があつたこと、(三)正当な理由なく出頭を拒否したこと、(四)監獄官吏が現実に被告人を引致することが著しく困難であること、の要件を具備したときに、はじめて被告人不出頭のまま公判を開廷することができるのである。よつて検討するに、原審書記官が横領、詐欺、有価証券偽造同行使詐欺被告事件で勾留されている被告人に対し、公判期日(昭和三六年四月一一日午前一一時)召喚状を鹿児島刑務所長宛送達したところ、被告人が同年二月三日附裁判官の忌避申立却下決定に対する即時抗告、同年二月七日附裁判の執行異議申立却下決定に対する即時抗告により、本件訴訟手続は停止せらるべきであるという見解で出頭を拒否したので、原審は被告人不出頭のまま判決を宣告するにいたったものである。このことは電話聴取書(鹿児島刑務所法務事務官妙円園鎮弥より鹿児島地方裁判所川内支部裁判所書記官補吉留克明宛)(記録七二五丁)原審第六回公判調書(記録七二七丁)その他本件記録によつて明らかである。しからば被告人の出頭拒否に正当理由があるかどうかにつき勘案するに、同年二月三日附裁判官の忌避申立却下決定に対する即時抗告により本件訴訟手続が停止せられないことは論旨第三点において説明したとおりである。又同年二月七日附裁判の執行異議申立却下決定に対する即時抗告によりその執行力が停止されることは刑事訴訟法第四二五条の明定するところではあるが、それは裁判の執行異議申立却下決定自体の執行力を停止するに止り、該事件と何等かかわりのない本件訴訟手続まで停止されるいわれはない。これ畢竟被告人の出頭拒否の理由は法の解釈を誤つた独自の見解を前提とするものであつて、採るに足りないから被告人は正当の理由なく出頭を拒否したものというべきである。次に被告人の出頭拒否が監獄官吏による引致を著しく困難にした場合に該るかどうかを吟味しなければならないが、前顕電話聴取書によると「……即時抗告により裁判は停止されているはずであるから判決宣告するのは違法で同期日に出頭したくないから召喚状を受取り度くないとこばむので刑務所として強制的に出頭させるのに多少の疑問がある」と記されているだけである。果して被告人が具体的に如何なる積極的抵抗をしたため、監獄官吏による引致が著しく困難となつたのか、これを詳にすることができず、むしろ被告人が言語による出頭拒否をしたため、監獄官吏は被告人のいい分をとおして「強制的に出頭させるのに多少の疑問がある」とし、手を拱いていたとさえ解せられる表現であるから、これを以つて監獄官吏による被告人の引致が著しく困難であつたと断ずるには足りない。尚本件記録を精査するも、原審が刑事訴訟規則第一八七条の三に則り監獄官吏による引致を著しく困難にする事由が存在するかどうかを取調べた形跡もない。そうだとすれば、原審が本件第六回公判期日に、被告人において正当の理由なく出頭を拒否した一事を以つて、直ちに、被告人不出頭のまま、該期日を開き判決を宣告したことは訴訟手続に法令の違背があり違法というべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は爾余の論旨に対する判断を俟つまでもなく、既にこの点において破棄を免れない。

よって刑事訴訟法第三九七条第一項に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条本文に則り本件を原裁判所である鹿児島地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

昭和三七年一月一六日

福岡高等裁判所宮崎支部

裁判長裁判官 富 川 盛 介

裁判官 白 井 守 夫

裁判官 横 山  長

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